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世界を安全視するための土台

前回の記事(失敗を味方に付ける)の続きです。 

今回の記事は、私が経験したパラダイムシフトの中でも、最も大きく幸福度を向上させることになった内容について説明します。 

この記事は、大きめの心の問題を抱えられている方に対しては、特に必見の内容となっていることから、ぜひ楽しみに見て下さい。 

また、自分自身では心の問題を抱えていないという方でも、今回の記事は子育てや教育全般にも通じる「人間の心の土台」と言える内容であるため、ぜひご覧いただければと思います。 

なお、今回お伝えすることの内容は結論から言えば、 

世界の見え方が180度変わり、生きやすくなり、幸福度も爆上がりした経験 

を紹介する内容です。 

これをどのように伝えれば「一番伝わるのか」を考えたうえで、ストーリーとしてお伝えする形にしております。 

少し長くなってしまいますが、背景感や物事の順序も含めてお伝えすることで、より理解が深まると思いますので、お付き合いいただければと思います。 

目次

前回のおさらい

さて、前回を振り返ると、行動のハードルを下げたうえで、失敗に対する認識を適切に書き換えて、行動を積み重ねましょう 。

大まかに言えば、そのような話でした。 

【望ましくない概念】                  【望ましい概念】

行動のハードル高い→行動出来ない            行動のハードル低い→行動しやすい

経験→否定的に評価→自己肯定感低下          経験→肯定的に評価→自己肯定感向上

人は経験とともに成長する生き物ですから、行動を積み重ねていれば、少なからず成長していくものです。 

トレードに関しては、また別の難しさがあり時間がかかってしまいやすいものなのですが、共にトレードを始めた友人は、時間は多少かかったものの順調に成長していました。 

しかし、私はというと、本当に少~~~しずつしか成長できなかったんです。 

いったい何が違うんだ!? 

焦るし、悔しいし、複雑な思いでしたが、とはいえ、対処方法が分からなかったので、ただひたすらにトレードの練習方法を調べては、練習を繰り返していました。 

トレードの練習は一人で実施するものなので、友人がどのように練習していたか直接見てはいませんが、情報交換はしていましたので、練習方法には大きい差はなさそうでした。 

違和感

何が違うのかは分からないものの、何か根底となるOSが違うような感覚を漠然と感じていました。 

ある時、元陸上競技選手である為末さんの動画を拝見している中で、以下のような内容が目に止まりました。 

ーー抜粋ーー 
スポーツの世界などでは、結果を出すためには気合と根性が必要、そのように語られることが多い。 
しかし、近年では文部科学省から自己肯定感を育むように、と指導要領に組み込まれるなど、心の問題の重要性にも目を向けられるようになってきた。 
ただ、選手を見ている中で、自己肯定感よりももっと根源的な土台のようなものがあるように思う。 
その土台のようなものとは、「この世の中は信用に足る世界なのか」、「危険に満ちた世界なのか」といったような、 
この世の中はどのような世界なのかという見方であり、それは人によって異なる。 
そして、その土台が出来上がっていないまま、それ以外の部分(自己肯定感)を積み上げようと思っても、成り立ち得ないと感じている。 

このように仰られていました。 

私は、色々な動画をみていましたが、何故かこの動画が妙に引っかかるというか、違和感のようなものがあったのですが、この時はこの違和感の正体が何なのかは分かりませんでした。 

問題改善に取り組む

この頃、私はトレードにかかる労力も少なくなり、時間的に余裕が生まれていたことから、自分自身の心の問題と向き合うため、その一環として、自分自身の過去を振り返っていました。 

また、私はこちらの記事に記載したように、過去のいじめを起因としたトラウマにより人間関係やコミュニケーションの問題を抱えていることは明白だったことから、コミュニケーション能力を高めるための学び・訓練を行い始めていました。 

しかし、しばらくの間トレードに専念してきたため、意識的に挑戦するのには抵抗がありました。というのも、 

  • 苦手な人と対話する際は、事前に会話の内容を整理しておかないと話が出来なくなる 
  • 苦手ではない人との会話でも、話が途切れるのが怖い 
  • 会話の内容が思いつかず、薄っぺらく、つまらないだろうなと劣等感を感じてしまう 
  • 話すネタが無くなって気まずくなるのが嫌で、こちらから話を終わらせてしまう 
  • 話し終わった後は、「ふぅ、何とか無事に済んだ」と疲れている 
  • 誰かが話で盛り上がっていると、羨ましく、心苦しくなる 

等など、挙げればキリがないほどの「対面に対する強い苦手意識」があることから、そこへ踏み込んでいくのは、「銃弾が飛び交う戦地に自ら突進していくようなもの」に思えて怖いからです。 

しかし、取り組み始めてみると、 

  • 人と話すときのコツを押さえたら、話が盛り上がりやすくなったり 
  • 対面の体の使い方を押さえたら、緊張せずリラックスして対面できるようになったり 
  • 表面的な会話ではなく、相手の外面・内面的な話まで踏み込めるようになったり 

一つの成功体験をするたびに、心に纏わりついている黒いものが少しずつほどけていくような感覚がありました。 

それこそ「トレードの上達」と比較したら、かなり順調に成長を感じられたため、驚くと同時にとても嬉しくて、先行きが明るく感じられるようになっていきました。 

自己肯定感と自己受容

その後も、自分に足りないもの、かいぜんに役立てられそうな知識を学びながら実践する日々。 

ある日、たまたま学んできた知識を整理しようと、自己肯定感や、自己受容という言葉の定義や関係性を整理していました。 

あまり詳しくない方もお見えになると思いますので、自分なりの解釈も補足して説明すると、以下のようになります。 

自己肯定感:自分の良い部分も悪い部分も含めて、自分の価値や存在意義を肯定できている 「現状の」度合い。ありのままの自分を良いと思えている“今の気持ち”のこと。器が満たされているか。

自己受容:相手のせいにせず、ありのままの自分(主に悪い部分)を自己肯定感を下げずに受け入れられること。逃げずに、現状と向き合えること。 
(じゃあ、受け入れよう、向き合おうといって意識的にできる性質のものではなく、受け入れられるだけの器が形成されているという感じ。基本的には幼少期に親からの無償の愛で形成されるが、されない場合でも自分で形成することは可能) 

※私のメモ帳から、そのままの言葉で掲載してあります。 

言葉って難しいですね。 

特にこれらは、心の中の話です。 

目に見えるものではないため、分かりやすく定量的に示すといったことは出来ません。 

ですが、確かにそのような概念は存在していて、誰かとの間でこの概念に対して、意見を語り合ったり、共通の認識を持つことも出来ます。 

よって、確かに心の中にこのような概念のものが存在していることは間違いありません。 

自分を蝕んでいたものからの解放

話を戻しますが、もともと自己肯定感や自己受容という言葉は知っていましたし、これらが自分自身のパフォーマンスに大きく影響を与えていることも認識していました。 

ですので、自己肯定感を高めるために、失敗に対するハードルを下げたり、小さな成功体験を積むといった行動を積み重ねていました。 

ただ、自己受容に関して言えば、上記に記載したように、「意識的にできる性質のものではなく、形成されるもの」という認識があったため、高めようとは思っていなかったです。 

ただ、自己受容できているかなと振り返ることはあって、 

  • 他責ではなく、自責タイプなので、相手のせいにはしていないな 
  • 他人のためにという利他精神も昔と比べれば育ってきたので、悪い人間ではないな 
  • 上手く会話できなかったり、人間関係を構築できなかったり、いい仕事が出来なかったり、トレードで結果が出なかったりすると落ち込んでいたので、自己肯定感は結構下げてしまうタイプだから、まだまだ自己受容は形成できていなさそうだな

と自己評価していました。 

また、時を同じくして「自分の価値を他人に委ねるな、自分の価値は自分で決めろ」といった内容の名言も、目に飛び込んできていました。 

それを見て、 

自分が落ち込む時や、自信を無くす時って、「他人からの評価が下がった時」とか、「結果が伴わない時」だな~、と考えていたら、 

徐々に視界が開けて、色々なことが一気に腑に落ちました。 

そうか!長年ずっと考え方の根底にあった、 

  • 失敗してはいけない(=自分の価値が下がる 自分の価値が他人に委ねられている)  
  • 人によく思われないといけない(自分の価値が他人に委ねられている)  
  • 人より多く仕事をしなければならない  
  • 仕事中は楽しんではいけない  
  • 用事がなければ話しかけてはいけない   

このような思いは、勝手に自分で思い込んでいるだけなんだ!

そう思えた瞬間 、

  • 俺は、完全にハマりこんでいたんだ  
  • 生きづらさは自分で作り上げたものだったんだ  
  • 確かに思い当たる節がある、これは俺ならハマっても仕方がない  
  • 最近、掴みかけていたものが、繋がった  
  • 責められていると思って反撃することがあったが、自分が作り出した幻想だったんだ  
  • 俺は俺のままでいいんだ  
  • 劣等感を感じてしまってたけど、それも自分以外の誰かと比べてしまっていただけで、そんなこと感じる必要なかったんだ 
  • 自分自身、よくやっているし、誰に何を思われようと、自分の価値は変わらないんだ 

心に纏わりつき、蝕んでいた黒いものが一気に浄化されたような感覚を味わいました。 

また、為末さんの動画を見た時の違和感も解消し、一気に視界が開けた感覚でした。 

一旦おさらい

とここまでストーリーでお伝えしたましたが、どのくらい伝わりましたでしょうか。

私は、書籍を読んだり、動画を見たり、色々な情報には目を通していたにも関わらず、しばらくの間このことに気付くことが出来ませんでした。

過去の記事の分も含め、ストーリーを手短に振り返ると、

幼少期の愛情不足や高校時代の長期間の無視などにより、「ありのままの自分では受け入れられない」ということを経験し、それにより自己受容(ありのままの自分を受け入れられること)を形成することができなかった。また、人間関係・コミュニケーションの問題を抱えてしまった。
自己受容できない私は「自分には価値がない」と思っているので、「他人から認められること」や「何かしらの結果」で自分を満たそうとしたて、仕事で頑張ったり、トレードでの成功を目指した。
しかし、「自分には価値ない」という前提は、実は自分の思い込みに過ぎず、「価値は自分が決められるもの」ということに気付くことが出来た。 

結局、気付いて抜け出してしまえば、なんでこれまで気付かなかったのだろう?と不思議に思うのですが、苦しい状況にはまり込んでいると、簡単には気付くことが出来ないんですよね。

パラダイムシフトできて、本当に心から良かったと思えます。  

出来る限り伝わるように記載したつもりですが、頭の中のことなので、上手く伝わらないかもしれません。
ですが、一つ明確に言えるのは、本当にびっくりするくらい生きやすくなったということです。

今、生き辛さを抱えているのであれば、話は分からなくてもいいので、
その状態から抜け出して、驚くほど自分らしく生きることができるということだけでも、イメージしてみてください。

ロジカルな説明

それでは、ここからはロジカルに説明していきます。

先ず自己肯定感を高めましょう、というのはよく言われていることです。 

ハードルを下げ、スモールステップで小さい成功を積み重ね、失敗の捉え方も定義しなおすことで、自己肯定感という器を満たしていくことですね。

これが一般的に言われる成長するための方法ですし、普通の人(自己受容が形成されている人)であれば、その方法で成長していけると思います。(私の友人のように)

しかし、為末さんが言われていたように、その土台となるようなものがあります。 

それが、自己受容です。 

自己受容できていない状態が左の絵、自己受容できているのが右の絵のようなイメージです。

心理学では、私たちの心の中には、「内なる子供(インナーチャイルド)」と、「内なる親(インナーペアレンツ)」が存在すると言われています。

右の絵のように、本来なら親からの「無償の愛」などにより「そのままの自分に価値があるんだ」と思えるようになることで、自己受容が形成されます。 

一方で、批判されてばかりで「ありのまま」を認めて貰えなかったり、認めて貰えたかに見えても、それが条件付き(成績等の結果が良ければ褒める)の認め方だった場合、左の絵のように「そのままの自分では認めて貰えない(価値がない)」と思うようになります。

そうなると、

「他者の評価」や「成績など分かりやすい結果」を求めることで、自分の価値を見いだそうとします。 

落とし穴

私はこれにずっぽりハマっており、「他者の評価」や「成績など分かりやすい結果」を得ることに躍起になっていました。

これは、何かに対して頑張ろうという原動力になるので、悪いことばかりではないです。 

しかし、「他者の評価」を得続けることは難しく、また自分の人生を生きることが出来ないですし、「成績など分かりやすい結果」も、いつまでも結果を出し続けられるものでもなく、結果が出ないときには落ち込むことになってしまいます。 

そして何より、自分自身の心が真に欲するものではなく、欠乏を埋めようとする行為であることから、心が疲弊してしまいます。 

自己受容が形成されていれば、すでに自分は満たされているので、自分を満たそうと「他者の評価」や「成績など分かりやすい結果」に振り回されることなく、自分の本当の心の声を聴いて、自分らしく人生を進めていくことが出来ます。

行き詰った経験

私は、トレードにおいて、練習実践問わず「負けたくない」と、過度にリスクを避け、エントリーできない期間がありました。 

トレードにおいて環境認識やシナリオ想定、プライスアクションに至るまで、ある程度の力は付いていたことから、トレードにおいてトータルでプラスに持っていけることは、デモトレードにより確認できていました。

しかし、リアルトレードにおいては、環境認識・シナリオ想定までして、想定しておいた箇所まで価格が到達し、プライスアクションも確認出来ていよいよエントリーだ!というところで、何故かエントリーできないんです。

友人と会話していても「別にここでエントリーしてダメやったら切ればいいんじゃない。」と言われ、自分自身頭でも、なんでこんなところで停滞しちゃうんだろう?と不思議に思っていました。 

そして、これからは頑張る!といってみるものの、相場でチャンスが来て、ポジションを持とうと、決済ボタンを押す間際まで行くんですが、

  • う~ん、今回は違うかな 
  • 今から時間取られたくないし 
  • もう少し押したら 

等と、エントリーしなくていい理由が無限に浮かんできてしまい、結局エントリーできず仕舞い。後で「なんでエントリーしなかったんだ。」と更に自信を失っていました。

エントリーできなかったメカニズム

何故エントリーできなかったのか、今ならはっきりと分かります。

自己受容できない私は「他者の評価」や「成績など分かりやすい結果」を得ることで、自分の価値を見出そうとします。

しかし、なかなか勝てるようにはならないため、練習にしろ本番にしろ、負けが続くことになり、自己肯定感・心のエネルギーはどんどん減っていきます。

そして、そんなことを繰り返しているうちに、いよいよ私の心のエネルギータンクはほぼ0に近い状態になります。

こんな状態で、行動して負けトレードになってしまったら、どうなるでしょうか?自分の価値がマイナスになってしまいます。

そんなことは「内なる親」が許しませんし、「内なる子供」も元気がない状態で挑戦行動など取れるはずがありません。 

そして、限界にも関わらず自分に鞭打って、無理やりエントリーして負けたことも何度も有りますが、そんな時は強烈な無価値観に襲われていました。

私はこれに気付いてから、自分を守るための防衛反応として、必死で気を逸らしてくれていたんだなと、心が暖かい気持ちになりました。

ちなみに、右の少年のように心のエネルギータンクがゼロになっても、無理やり突き進むことは出来ます。
ですが、この少年の状態を無視して突き進めば、少年は防衛反応として心を壊してしまう(感情を感じなくさせる)ことになります。

ゼロからのスタート

では、どうすれば自己受容できるのか? 

調べると色々なやり方があるようでしたが、私がやってみたのはセルフコンパッションです。

セルフコンパッションとは、失敗や苦痛を感じた時に、親しい友人を慰めるように自分自身へ優しさや思いやりを向ける心理的な態度のことです。

人間の感情は、気付いてちゃんと意識して受容してあげると消化されていくという性質があるため、ネガティブな感情が発生したことに気付いたら、「内なる子供」を責めるのではなく、

  • 「そんな風に思ったんだね。苦しかったね。」
  • 「そんな感情が出てもいいんだよ。」
  • 「ありのままの自分自身で価値があるんだよ。」

と、優しく思いやりをもって慰めます。

これを採用した理由はシンプルで、「本来、親の愛情によって満たされることで、自己受容が形成されるのであれば、同じことを自分でやってあげればいい。」と思ったからです。

それからは、元気がなくなっている「内なる子供」を、暖かく抱きしめてあげるように対応しました。

このように「内なる子供」を傷付けるような思考は、トレードだけではなく様々なところに潜んでいたため、

  • 孤独を感じ「こんな自分が情けない」という思いが込み上げてきた時は、「孤独が辛いことは一番分かってるもんね。辛かったね。」と。
  • 人前で緊張してしまった時は、「それだけの経験をしてきてるから仕方ないし、辛かったよね。」と。
  • グループで話が盛り上がっているのを見て「羨ましいなぁ。」と心苦しく感じた時は、「辛い経験いっぱいしたもんな。いいなって思うのは仕方ないし、思っていいんだよ。」と。
  • トレードでエントリーを躊躇してしまい、何でエントリー出来ないんだ!と情けなく思った時は、「情けない自分でも大丈夫だよ。そんな自分でも価値ある存在なんだよ。」と。

このように、嫌な感情が発生したことに気付いた都度、優しく抱擁していきました。

やってみると分かるのですが、これを実施するたびに、発生した黒くて嫌~な感情が、胸のあたりから「ふわ~っと霧散して消えていく」ような感覚があり、とてもスッキリします。

凄まじい効果

このように対応してきたのですが、そこからの変化が凄まじかったです。

というのも、先ずは人間関係が驚くほど楽になりました。

そもそも対面で感じてしまっていた「緊張感」は、人に認められなければと「自分で作り出したもの」だと気付けているので、「ハイハイ、もう騙されませんよ」と、対応出来ました。

それでも、慣れるまでは徐々に緊張が生じてくることもあったのですが、そのたびに「もう大丈夫」と、体の力を抜きリセットすることで、自然な状態を保つことが出来ました。

そして、さらに慣れたら、もう本当に普通に楽しく喋れるようになるし、心の余裕もできるので、さらに頭も回って、会話が弾むという好循環も生じました。

自己受容できなくて苦しんでいない人は、こんなに楽しい気分で会話していたんだ!

と、本当に感動したことを覚えています。

トレードにおいても、「まぁ、いっちょエントリーしてみるか」と、かなり軽くエントリー出来るようになっていきました。

というのも、これまで浮かんできていた様々な「トレードしなくていい言い訳」の数が少なくなっていったからです。

そのことに気付くたびに、「言い訳」しなくていい位まで、「内なる子供」が回復してきたんだなと、温かい気持ちになりました。

トレードできてしまえば、後は勝っても負けても学びや経験になりますので、そこからはこれまでの停滞が嘘のように成績が向上していきました。

おわりに

ここまで、自己受容できたことで、世界の見え方が180度変わり、生きやすくなり、幸福度も爆上がりした経験と、そのメカニズムについて、お伝えさせて頂きました。

自己受容出来ていない状態というのは、本当に言葉で言い表せないほどしんどいです。

それでも、頑張って言語化してみると、

  • 他人の目が気になり、いつも自分らしく生きられない
  • 時折、強い孤独感や無価値観に襲われ、心苦しくなる
  • 自信が無いので、理論武装しないと会話に挑めない
  • 結果が伴わないと楽しめない、プロセスを楽しめない(結果に執着する)
  • 頭でモヤモヤ考えすぎてしまい、行動できない
  • ちょっとしたことですぐに傷付き、回復に時間がかかる

細かく上げればきりがありませんが、何かにつけて「自分を傷つける」ような思考が浮かぶため、毒に侵され、勝手に体力が奪われていくような感じで、エネルギー・元気が無くなってしまいます。

ですが、この自己受容に気付いてから、びっくりするくらい毎日が楽しくなりました

これまでも、色んな学びを実施してきていたことから、何か新しいことを学ぶたびに、短期的には「おっ、これはいい感じ。」と、人生が好転しそうな予感はするものの、少し経つと元の自分に逆戻りしている。そんな経験を何度もしてきました。

なので、何を学んでも、「でも、結局また元に戻ってしまい、本当の意味で人生を好転させることなんて出来ないのかも。」と、どこかで半ば諦めてしまっている。そんな感覚が正直ありました。

しかし、この自己受容については、私の場合パラダイムシフトと言えるような、頭ではなく、感覚・感じ方の変容を伴うような体験だったことに加え、その後も事あるごとに「なんでこんなことに今まで気付かなかったのだろう。」と、もう「元の感覚・感じ方」には戻れない、ということを何度も再認識させられていることから、完全に脱却できたと確信しています。(ただし、一時的にブレて戻ったように思える時もありますが、既に「気付けている」ので、すぐに戻ってくることが出来ます。)

自己受容は「心の土台」と言うのに相応しい最重要概念なので、自分自身のためになるのと同時に、子育てや教育においても同じく土台となる大切な概念です。

更には、「そのまま自分を認められる」ようになると、相手のことも認められるようになることから、コミュニケーションや人間関係においても、良い影響を及ぼすなど、いいことずくめです。

もしも、あなたやあなたの身の回りの方に、同様の方がみえるのであれば、その状態から脱することが出来るように祈っています。

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