はじめに
このページでは、私が「トレードと心の研究室」を始めることになったきっかけを、包み隠さず説明していきます。
このサイトは6年前に、ただのトレードブログとしてスタートしました。
しかし、トレードで勝てること自体への魅力は徐々に薄れていき、ブログ更新の手も止まります。
その後、仕事に本腰を入れて取り組みながらも、細々とトレードを続けていく中、人生の転機とも言える出会い・学び・気づきのおかげで、自分自身の人生の方向性がハッキリしました。
それは、私自身の過去のいじめによるトラウマや、それに起因した諸問題と向き合い、それらを乗り越えていくこと。
もし、時間が許すなら頭からお読み頂ければと思いますし、時間がなければ目次から「最後に」だけでもお読みいただけると幸いです。
生い立ち
私は、岐阜県の田舎育ちですが、もともと家庭は裕福ではありませんでした。
古くから続く母屋でしたが、築およそ100年となかなか年季の入った家に住んでいたため、雨の降った日などは、家のいたるところで雨漏りしており、バケツやたらいなどが家中においてありました。
そんな状態なので、早く家を建て替えたかったようなのですが、それだけのお金はありません。
当時は、まだ専業主婦の家庭も多かったのですが、とにかくお金が必要なので母は働きに出ており、お金のやりくりをする話をよく聞いていました。
また、祖母からはよく「お金は大事やでな。」「泥棒に取られんように財布はしっかりしまっときいや」などと口酸っぱく言われていたことも記憶に残っているので、とにかく「お金が必要なんだな~」と漠然と認識していたと思います。
両親はパチンコが好きでした。当時は両親とも働きづめで、唯一の娯楽がパチンコだったようです。

今とは違い、私が小学生の頃はパチンコ屋に子供を連れてきても許される感じだったので、しょっちゅう弟とパチンコ屋に連れられては、店の周りで時間を潰して遊んでいました。
小学校高学年の頃には、周囲の家庭からは反対されたようでしたが、ファミコンを買ってもらいました。当時は、今ほど多くの家庭に普及していなかったため、とても嬉しかったことを覚えています。
それ以降、かなりゲームにのめりこんで遊んでおりましたが、親は仕事にパチンコにと忙しかったため、ほとんど遊んでもらった記憶はありません。
そういった背景が影響してなのか、もともとの私の性格なのか、小学校の頃からクワガタを捕まえて売ったり、ゲームセンターで金のコインを集めて売ろうとしたり(当時は、これが本当の金で高く売れると思っていました(笑))、中学では新聞配達したりと、とにかく稼ぐことが好きでした。
暗黒の学生時代
子供の頃から、ひょうきんというか、お調子者だったこともあり、学校生活は友達と楽しく過ごしていましたが、卒業間際になって友達から無視されるということを小学校・中学校と連続で経験しました。
そして高校時代は最悪で、卒業間際なら良かったのですが、恒例の友達からの無視は、なんと2年生終了間際に起こってしまいました。
それまでは、クラスの中で言うなれば「イケてるグループ」に入って楽しく過ごしてきたのですが、ある日突然、皆が口を聞いてくれなくなりました。
どうしてそんなことになったのか、特段のきっかけも思い当たりません。
何かきっかけがあれば謝るとか、できたのかなとも思いましたが、小学校・中学校のことも思い出され、「またか。」と、ただただ諦めるしかありませんでした。
そこから卒業までの間は、本当に辛かったです。
授業中は授業に集中していればいいのですが、特に休み時間が辛い。
することがないのが辛くて、どうしていいのかわからない。
学校に行く足取りも重いですし、家族にはそんなことは言えなくて、何事もないといった感じで家では過ごすしかありません。
本当に学校の休み時間、何を楽しみにすればいいか困っていましたが、それを救ってくれたのは音楽でした。

当時はMDの時代で、CDをレンタルしては、MDへコピーし、休み時間の間、音楽の世界に浸っていれば、嫌な気分から目を背けることが出来ました。
他にも辛いことはあったとは思いますが、この頃のことはあまり詳しく思い出せません。
ただ、いじめられることはなかったのは、不幸中の幸いでしょうか。(後で調べたら、無視は立派ないじめのようです。)
そんな生活が1年以上続いた頃、ようやく就職先を選ぶ時期が到来します。
これで、この生活から解放される!長すぎる暗いトンネルをようやく抜けられると思うと、嬉しくて待ち遠しい気持ちがこみ上げてきました。
散々な学生生活だったため地元に友達と呼べる人が少ないことから、就職は絶対に地元から出たいという思いが強く、地元から離れた就職先を選択することになります。
社会人へ
幸い社会人になってからは、持ち前のお調子者キャラで知り合いも増えましたが、学生時代のトラウマからなのか、深い人間関係を築くことがなかなか出来なかったように思います。しかし、そんな自分でもありがたいことに気の置けない友人も何人かはできました。
そして、もともとお金を稼ぐのが好きだった私は、入社から間もない頃スロットにハマります。
会社の近くのスロット店に「ワニ丸」というとても勝ちやすいスロット機種があり、本屋に売っていた攻略本を見て、その通りに打ってみたら初日から5万勝ち!
給料があるといっても、車にファッションに、まだまだ欲しいものがあるけど、お金が足りない頃です。「とんでもないモノを見つけてしまった!」と、相当興奮し、それから大ハマりします。
スロットのことを知らない人からしたら少しマニアックな話になりますが、当時は、その後到来する4号機全盛期に比べてスロッター人口も少なく、ものすごく勝ちやすい機種だったにも関わらず、打っているのはほぼ私だけでした。
また、当時は設定がほぼ毎日据え置きされていたことから、休日のたびに設定6らしき台を打つことが出来ました。(ただし、8枚交換という換金率でしたが 笑)
スロットは、確率のゲームなので、きちんと色々な数値をカウントしたり、計算したりすれば、割と勝つことが出来てしまうんですね。
流石にワニ丸のような勝ちやすい機種はそうそうありませんでしたが、その台がなくなった後でもしっかり勝てる機種を見つけ出すことができ、仕事以外で数年で1,000万ほどの稼ぎをあげます。
田舎への転勤
20代も中盤になった頃、仕事の都合でスロット店もろくにないような田舎へ転勤することとなってしまいました。
それまでは現場仕事でしたが、転勤を機に机上職へ配置転換となり、当時は初めての机上業務ということに加え、業務量もそれなりにありました。
机上職は、私以外には先輩一人だったので、毎日一人、夜遅くまで仕事をする日々。
大好きだったスロットも打てないし、田舎なので、平日は何の楽しみもない。
そんな日々がしばらく続いたある朝、車で会社に出社する途中、突然胸に黒い穴が開いたように苦しくなりました。明らかな異常だったので、道の途中で車を停車し、しばらく休んでいると少しずつ治まったので、何とか出社。

出社後は普通に仕事出来ましたが、翌朝も同様の症状が発生。毎朝、途中で車を停車して休まないと会社に出社できない、そんな日々が続きます。
たぶんこれは軽度のメンタルだったのだと思いますが、そんな苦しい状況に神様から救いの手が差し伸べられました。
友人の紹介によるある女性との出会い。それが今の奥さんです。
その貴重な出会いのおかげ(?)で私は苦しい症状から脱することができ、無事に田舎での仕事も終え、次の転勤先ではその彼女と結婚することが出来ました。
またその頃、本田健さんの「幸せな小金持ち」という本を、奥さんのお母さんから頂いたことで、サラリーマン以外の働き方があるということを知りました。スロットは規制も厳しくなって徐々に稼げなくなってきたこともあったので、サラリーマン以外の道を勉強してみるのも面白いかもしれない。この本をきっかけにそう考え始めました。
青天の霹靂
仕事も忙しい中、サラリーマン以外の道を学ぶ日々が続いていましたが、20代後半に青天の霹靂が訪れます。
土曜日だったと思いますが、仕事の一環として入社間もない方々を集めたイベントを実施している最中、母からの電話がありました。
電話口で泣いている母からは、父がガンであることが発覚したこと。そして、それはすい臓がんのステージ4であり、余命は半年であることが伝えられました。
とてもショックだったことを覚えていますが、同時に「信じられない、信じたくない」という想いも強くて、とりあえず周りには迷惑をかけないように残った仕事を片付けました。
それから、病院に行ったり、普通に遊んだり、旅行に行ったりと、できるだけ家族の思い出を作るようにしましたが、同時にまだ「信じられない、信じたくない」という想いも強かったことから、何とか治る方法はないかと、インターネットで情報を漁る日々。
調べても、調べても、分かることは現在の医療で治療することは不可能だ、ということ。それでもそんな事実は受け入れられません。かといって、その他の代替療法や民間療法を調べてみても、裏付けや根拠のあるものは見当たりません。
それでも、藁にも縋る想いで、よさそうな療法や治療が見つかれば、試してみたり、薦められたものを試したり、時には父を連れて東京へ治療に行ったりもしました。
しかし、余命半年の宣告を受けてから、半年を過ぎたころ父の様態が悪化。
残念ながら、齢55歳で父は帰らぬ人となりました。
救いは、余命宣告からおよそ半年の間は、「本当に余命半年なの?」と思うほど元気だったこと。その間にも、患部が痛むこともあったのかもしれませんが、色々な思い出を残せたことは本当に救いでした。突然死んでしまったとしたら、そんな期間を過ごすことは出来ないことを考えると、ある意味その半年は「神様からのプレゼント」だったとも言えるのではと思えました。
(父親を看取る様子)
また、最後の時は家族全員で看取ることができたのも、大変ありがたく思えたことでした。
そこから、通夜や葬儀、火葬に諸手続きなど、慌ただしく時が過ぎていったのですが、手続きもひと段落すると、よく聞く言葉ですが、「胸にぽっかりと穴が開いた」ように感じたことを覚えています。
衝撃の出会い
しかし、いつまでも落ち込んではいられませんので、それまで続けていた学びを再開し、広げていく中で、これもある意味衝撃的な出会いがありました。それは、ロバートキヨサキさんの「金持ち父さん貧乏父さん」という本に出会ったことです。
その本では、サラリーマン以外にも、自営業者・投資家・ビジネスオーナーといった4つの働き方があること。そして、サラリーマンは搾取される存在なので、それ以外の働き方(一番はビジネスオーナー)になることが推奨されていました。
この本は、名古屋の本屋で購入し、そのままカフェで読んでいたのですが、読み進める中で、脳天をカチ割られたような衝撃を受け、いてもたってもいられなくなったことを覚えています。
この本は、サラリーマンがいかに報われない存在であるか、という強いメッセージが込められているのですが、父が働きづくめで、退職後という余暇を楽しむ間もなく死んでしまったことを目の当たりにしたばかりの私の心境に、強烈な影響を与えました。
とにかく、サラリーマン以外の働き方を選択しなくては。そのような考えに取り憑かれた私は、サラリーマン以外の道を歩むことを決意します。
人付き合いが得意ではない私にとって、多くの人と関係性を構築しなければならないビジネスはとてもハードルが高いと感じたことから、消去法的に投資家の道で経済的自由を目指すことにしました。
経済的自由に向けて右往左往
しかし、長期投資を学び始めると、その現実に愕然とします。
その理由は、どれだけ頑張っても平均すると年率7%程度のリターンしか得られなさそうだったからです。
例えば、投資資金が2,000万だったとしても、サラリーマンの生涯収入である2億に達するのは35年後となってしまいます。
当然、給料を投資金額に追加していけば、元本が増えるのでもっと早くはなるのですが、年300万ずつ元本を追加していっても、2億に達するのは20年後。
そんなに長期間待っていられない…
そう思った私は、もっと高いパフォーマンスが得られる選択肢はないかと模索した結果、トレードの世界に辿り着きます。
トレードを選択した後は、少しずつ学びを深めていきました。
途中友人を巻き込み、数人でシステムトレードに取り組みましたが、利益を出すことが容易ではないことを悟った私たちは、まずは利益率が低くても手元資金を運用できたほうが機会損失が少ないと判断し、他社(者)へ投資を委ねることを選択します。
友人と共に様々な情報を漁っていったのですが、投資先なんていうのは探せば探しただけ、本当に色々な商品や機会があります。
色々と手を出してみましたが、プラスが出るものもあったものの、マイナスのものの方が多く、結果として総合的にはマイナスでした。
今振り返ると投資の世界は、言うなれば魑魅魍魎の世界で、広く探せば本物もあるのでしょうが、真の意味でそれを見抜くことは不可能に近いことだと分かりました。
長期投資であっても、信頼できる場合を除いて、他人に任せるよりかは自分でやったほうが遥かに良いと思います。ただし、投資を募る側は巧妙に「信頼できる」と思わせてきますので、その点には十分注意してください。
他社(者)投資先を探す流れで、幾つかのビジネス案件にも手をかけました。大小さまざまでしたが、一番大きかったのは太陽光発電事業の企画で、仲間内で総利益1億円程度のプランを計画し進めたのですが、私の詰めの甘さ、判断の遅さ、信じる力の不足、リスクを取る勇気の不足を理由に、その機会を実現することができませんでした。かなり実現性も高いことから、法人も設立し、力を入れてきた事業だったので、頓挫したときはどす黒い絶望感に苛まれるとともに、自分の無力さを悔やみました。
結果的に継続できたもの
色々と手を出しているうちに、他社(者)投資の失敗があったり、仕事が忙しかったり、そして何より子供が生まれたりしたことで、仕事以外の取り組みは一時停止する時期もありましたが、最終的に、何とか継続できたのはトレードだけでした。
トレードに取り組んできた期間はかなり長かったのですが、なかなか勝てるようになりません。
途中、あまりに成長を実感できないことから、本当にトレードで利益を上げている人なんているのだろうか?と疑心暗鬼になったり。
それでも、またトレード学習や訓練を継続して、「少し成長したかな?」と思ったり。
続く負けトレードに心を打ちひしがれては、訓練により少し前進するという「一進一退」の状態が、長く続きました。
終わりの見えない、暗く長いトンネル。

本当に出口に辿り着けないかもしれないと何度も諦めかけました。
成長の実感
しかし、止まない雨はないのと同じで、抜けられないトンネルもないと信じて、訓練を続ける日々に光明が差します。
- 今まで学んできたバラバラの知識が、自分のなかで繋がっていく、
- 一つ一つの相場の見方に対する捕われから抜け出し、バラバラの視点を総合的に捉えられる、
- 相場の値動きを流れとして、ストーリーとして解釈することができる、
そんな感覚が、自分の中に生まれ始めてから、徐々に相場の値動きが分かるようになってきたんです。

少しずつ、確実に向上していくトレード結果、これは本当に嬉しい気持ちが込み上げてきました。
かなり遠回りになってしまいましたが、何とか続けてこられた結果だと思います。
そして、続けられたのは間違いなく仲間がいたからです。
継続できた背景
今振り返って思うと、本当に良く続けられたなぁと思います。
これまでにデモ・実トレード含めれば、延べ一万回以上トレードしてきたのですが、トレードというのは、基本的に孤独です。学習・検証・練習・実トレード、いずれにしても一人で実施しているのですが、これは一般的に考えれば、耐えがたい苦行だと思います。
私の場合は効率が悪かったので、効率よく学べればもっと短く習得できると思うのですが、それにしても孤独な作業を、感覚が身に付くまである程度の期間、続ける必要があるわけです。
ただ、私は前述したように過去のトラウマからか、人との関りに苦手意識があることから、こういった「一人で実施すること」の方が気楽だったのです。

なので、今にして思うと、スロットやトレードを行っていたのは「一人でいるためにそれらの選択肢を選択していた。」のかもしれないと思います。
勝てるようになったけど
ただ、トレードで勝てるようになっても、親となった今、トレードのみで食っていくというのは、選択肢として望ましいものではないと思うようになっていました。
周りを見れば趣味や社内外のコミュニティを満喫していたり、地元の繋がりを強めていたり、何かしらの取り組みで役を担ったりしています。
一方、私はといえば、トレードに専念している間に、交友関係は狭くなり、人に自慢できるような趣味や特技もありません。
なので、そういった方と比較してしまうと、正直、
これまで何をやってきたんだろう、、、
これから何を目指していけば良いのだろう、、、

と心苦しく感じることが多くなりました。
姿を現した次の課題
また、他人とのコミュニケーションがうまくいかないと感じたり、人間関係の中でストレスを感じたり、価値観が合わないと感じたりと、人との関わり方についての悩みを強く意識するようになってきて、そのことで強い劣等感や孤独感を感じるようになりました。
もともと学生時代のトラウマからか、人間関係での心苦しさや劣等感や孤独感を感じることはたびたびありました。
会社は学生時代と同様一つのコミュニティであるため、その中において上手く人間関係を構築できず、コミュニケーションを避けてしまう自分を認識するたびに、学生時代の辛い経験が頭をよぎり、苦しい気分になったのです。
どうせ自分なんて受け入れられないのではと考えてしまう。
そんな風に考えても仕方がない。それは分かっていても、体が自然にこわばってしまう。うまく喋れなくなり、早く相手との会話を終わらせたくなる自分がいました。
心の問題の背景
私は、高校時代の経験からクラス内で出来上がる「ワイワイしたグループ」のような存在に対して、特に苦手意識が強かったです。
会社の中でも、同僚が仲良く楽しそうにしている姿を見ると、心の底から「羨ましいなぁ、いいなぁ」という感情が湧き、みぞおち辺りが苦しく感じました。
当然、周囲の方は、私を無視した同級生とは別人だということは、頭ではわかっています。
ですが、私を無視し続けた同級生達は、悪い人だったのか?といえば、決してそうではないと思います。
少なくとも2年間は友達でしたし、本当に楽しく遊ぶことができていた、どこにでもいる普通の人だったと思います。
だから、誰の中にも、「昨日までの友人を1年以上の間、無視し続けることができる」そのような冷たい側面を持っているということを、身を持って体験しているので、社会人になってから関わる人たちと、深い関係を築くことを無意識のうちに避けるようになっていました。

心の問題による弊害
会社に限らず、どのような集まりであっても、グループのようなものが出来上がっているため、その存在を認識するたびに心苦しくなり、そこに近づいてはいけない。拒絶されるから関わらないほうがいい。そう感じ、何らかの理由を探しては、関わりを避ける傾向がありました。
また、せっかく話で盛り上がっていたとしても、いいところで終わらせないとボロが出てしまう、話題が尽きた時の沈黙が怖い、臆病な自分を隠し悟られないようにしないと、と徐々に会話に集中できなくなり、表面的な会話しかできずに、深い関係を築けなかったりもしました。
人を何かに誘おうとしても、私なんかから誘われても嬉しくないだろうと感じてしまったりと、自分は本当につまらなく価値がない人間だと思ってしまっていたんですね。
いつでもそう感じてしまう訳ではありませんでしたが、こういった感覚が自分自身の幸福感を大きく下げていることは明白でした。
心の問題の解決を決意
トレードにはそうそう時間を使う必要がなくなり、目を背けるものが無くなったため、今では心の問題をハッキリと認識できます。
- 自分の生きづらさを何とかしたいこと。
- そして、親・上司・先輩として、少なからず良い影響を与えられる存在でありたいこと。
もうこの問題と向き合うことを、先送りする理由はありません。
重い腰を上げて、そんな状況を解決しようと、動き始めたとき、ありがたいことに以前トレード関連でお世話になっていた恩師と、再び接点を持つことができました。
もともと、その方からはトレードだけではなく、人としての生き方や、生活全般を見直すことの重要性についても教えられていたのですが、トレードで早く結果を出したかったこともあり、関係を断っていたのです。
現状から何としてでも脱したい。
これまでの繋がりの中で一番その答えを持っていそうな方を思い浮かべたとき、真っ先に浮かんだのはその恩師だったので、久々にこちらからコンタクトをとりました。
久々に恩師と話をしてみると、過去と比較して明らかに何かが違いました。
それは、トレーダーやビジネスマンとしてではなく、語る内容の温かみや、表情や、優しさ、その違いには正直驚かされました。
生き方や人間関係の悩みを改善したくてコンタクトを取った私にとって、恩師の変化は「やっぱりこの方向で間違っていなかった」との確信を強めてくれるものであったため、ここで一から学び直そうと決意します。

取っ掛かりはもちろん
現状感じている「孤独感」や「劣等感」をなんとかしたいと、少し前から思っていたため、その改善に向け必要そうな知識はある程度集まっていました。
後はやるだけ。
ただ、動き始めるまでは、なかなか足が前に進まなかったです。
やはり、長年蓄積された「苦手意識」という無駄に高くなってしまったハードルは、あれこれ頭で考えても容易には下がらないんですよね。
なので、先ずは基本に忠実にベイビーステップつまり、小さなことから少しずつトライしていくことにしたのですが、これは本当に良かったなと思います。
例えば、仕事上で普通の人からしたらなんてことはない、「話しかける」「身体にタッチする」「笑う」「力を抜く」といった細かいことでも良いので、出来たら「出来た」と認める。
こんな些細なことでも、自分自身にとっては十分な達成感を感じられましたし、それを続けることで「楽しく会話できる」「自然に笑える」「会話が出てくる」といった確かな効果も、割と早いタイミングで実感することができたからです。
新たな課題は蜜の味?
もちろん、上手くいくことばかりではありません。
「緊張して今く喋れなかったな」とか、「あのひと言は気の利いた言葉じゃなかったな」とか、「もっと盛り上がれたな」と反省することも多いです。
また、「そもそも相手にもっと興味を持つ必要がある」とか、「自分の可能性の枠を広げないといけない」といったような、別の課題を認識することもあります。
ですが、学び・実践を進め、効果を実感している状況の私にとって、そういった次の課題の発見は「伸びしろの発見」ということになるので、むしろ喜ばしいことに感じるようになっていきました。
お役目の発見
色々と学びを進める中、大切な考え方の一つに「現在の自分の延長線上の将来Aと、在りたい姿で生きた場合の将来B」(抽象化した概念なので、分かりづらくてゴメン)を理解するためのよい教材として、YOASOBIの「群青」が紹介されていました。
有名な歌なので当然聞いたことはあったのですが、歌の世界観を感じようとして聞いてみると、何度か聴いているうちに涙が出てきて、暫く止まりませんでした。
そして、泣きながらあることを思い出したのです。
それは、今回同様に音楽で何度も何度も涙が出てきた曲があったということ。
それは、藤井風さんの「帰ろう」でした。
自分の中でとても印象に残っていた曲だったため、今回聴いた「群青」と何か繋がるものがありそうな気がしました。
そして、双方の歌を何度か聴いていくと、自分の心が強く反応するところが分かってきました。
群青の「周りを見たって、誰と比べたって、僕にしかできないことは何だ」
帰ろうの「与えられるものこそ、与えられたもの、ありがとうって胸を張ろう」
という部分。
これに気づいた時、自分のなかで何かが交わって、はじけるような感覚を覚えました。
その瞬間、これまで「ただの辛い経験」だと、「明かしたくない過去」だと蓋をしてきた、中学・高校時代の経験は、それを乗り越えることで「私にしかできない、与えられるもの」になるのだと初めて気付きました。
6年前、「自分がやりたいことが分からない」と書きましたが、自分の進みたい方向性がハッキリと分かった瞬間でした。
これが、私が「トレードと心の研究室」を始めることになったきっかけです。
最後に
時間の都合上、ココだけ読まれる方もお見えになると思うので、少し長いですがご容赦下さい。
私は、経済的自由を目指す中、散々色々な事に手を出し失敗しましたが、その中で最後まで諦めずに続けることができたのがトレードだったため、「トレードで生きていくんだ!」と思って突き進んできました。
ただ、勝てるようになるにつれて、「トレードで生きる」ということの輪郭(社会的意義を感じにくい、社会的認知度が低いなど)がハッキリ見えてきてしまい、どうにも自分の中で素直に受け入れられませんでした。
一方、今の仕事は、インフラ事業なので、正直やりがいも感じ易い仕事です。
よって、トレーダーという生き方は、いくらお金でメリットがあっても、トータルで考えたらメリットが少ないのではと感じていたんです。
せっかく頑張ってきた「トレード」は、とても価値のないもののように思えて、それが更に自分の価値を下げているように思え、情けなくなる。
無理矢理に「相場の流動性に寄与している」等と、それらしい社会的意義を捻り出しても、全くしっくりきません。
だから、トレードに対して、どんどん魅力を感じられなくなっていって、次第にトレード自体に力が入らなくなっていました。
しかし、今回見えた方向性、つまり「私自身が経験した過去のいじめによるトラウマ、それに起因した心の問題と向き合い、それらを乗り越えていくこと」は、
- 自分自身がトレードで結果を出し続けること(心の問題への適切なアプローチの証明)
- 自分がトレードを習得する道中で得た、心の問題を乗り越えるための知見が活かされること
- 自分自身の本当の問題(心の問題)と向き合い、人生を前進させられること
- トレードに興味のある人や、心の問題を抱える人に対し、トレードや本研究室の運営を通じて力になれること
すべてのベクトルが一致し、すべてが「やりたいこと」に転換しました。
一日一日が、学びの日々となり、挑戦の日々となり、発信の日々となりました。
このトレードと心の研究室を運営する私の願い、それは「わたしの、あなたの前向きな行動が、ちゃんと幸せに繋がる活動となりますように。」ということです。
詳しくは、今後の記事に委ねますが、一つ挙げるならば、トレードにより暗黒面へ落ちないこと、です。
トレードで勝てるようになるためには、主に二つの道があります。
一つは、心を殺す道。トレーダーとして成功されている方の多くはこの道を辿っています。
人として冷たい、感情が希薄、感受性が乏しい、トレードに心を奪われすぎてしまっている、そのように感じられる方は、その可能性があります。
トレードで勝つということに対し、優越感を感じ、他者を見下し、お金の力ですべてを解決しようとする。
負けるたびに沸き起こる負の感情と向き合わず、正しく対応しないまま進んでしまい、いつの間にか人として豊かに生きるための大切な感情が、感受性が壊れてしまっている。
せっかく幸せになるために行動してきたのに、そんな状況に陥ってしまっては元も子もありません。
そして、もう一つは、心を活かす道。
トレードを通して顕在化してくる心の問題に対して、目をそらさずに向き合い、一つ一つ正しく対応していく。
心の問題をどれだけ抱えているかは人により異なるので、人によってはトレードで結果を出すことだけを目的にするなら、前者の道の方が早いかもしれません。
ですが、当然私は後者の道をお勧めします。
理由は言うまでもなく、早く「幸せになれる」からです。
これは、私の落差が大きかったから、強く感じられたのかもしれませんが、
- 毎日の楽しさが変わります
- 前向きに行動できるようになります
- 人と話すのが楽しくなります
- 行動の迷いが少なくなります
- 成長が加速します
- 失敗で落ち込みにくくなります
- それどころか、失敗が楽しく、喜ばしく、誇らしく感じるようになります
もう、この位に留めておきますが、本当にお勧めしたいし、伝えたくて仕方ないです。
しかも、困っている人にこそ刺さります。
熱くなってしまいましたし、長くなってしまいました。
まだまだお伝えしたいことはありますが、そろそろ締めくくりに入りたいと思います。
後半、凄そうなことを書いていましたが、私自身まだまだ課題てんこ盛りの、伸び盛りです。
方向性は定まったものの、恩師達を見ていると、どこまでも高みがあるように見えてしまいます。
恩師から言われて一番痛かったひと言は、「今持っているものすべて失った時に、何が残るか。これが人間の真の価値だ。」ということです。
この「トレードと心の研究室」は、私自身、皆さんと共に成長していくことで、人としての「真の価値」を高め、幸せな人生を楽しめるように人生をかけて取り組んでいきます。
ここまでお読み頂けた時点で感謝しかありませんが、もしもあなたがトレードや心の問題の解決に向けて、私と共に歩んでみたいと思われたなら、是非以下からご連絡をお待ちしております。
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